→このページは福山市議会議員【大田ゆうすけ】の公式サイト内「自己紹介」

HOME
自己紹介
私の公約
後援会入会
論文・レポート
イベント結果
母・大田祥子
写真館
代表質問
政務調査費
リンク集
タクロバン
議事録検索

.

趣味の紹介

●南米・ボリビア世界最高所のスキー場を滑る(2001.8.22〜9.2)

年に一度の長期休暇を利用して、南米・ボリビアに行ってきたので、報告致します。
なぜにボリビア?と不思議に思われるであろう。
私が応援している冒険スキーヤー・和田好正さん主催の冒険ツアーで、世界最高所にあるスキー場「チャカルタヤ」(標高5,400m)で滑ろうという企画に参加したわけです。
ボリビアは緯度的には赤道に近く、基本的には南国です。しかし首都ラパスは標高3,800mにあり、国内に6,000mを超える山が15ほどある。南半球だから時期的に冬だが、乾季のため雪はあまり降らない。

和田好正さんホームページ http://www2u.biglobe.ne.jp/~wadapro/IE/main/YWpic.html

<出国>

まず、地球の裏側に行くのに、広島→羽田→成田→シアトル→マイアミと乗り継いで約30時間以上かけてボリビアの首都ラパスにたどり着いた。機内食を何食食べたか忘れるほど長かった・・ しかし到着しても油断できない。空港が標高4,000mにあり、飛行機から降りて即高山病にかかる人も多いのだ。

<1日目>

大きく深呼吸しながら、ゆっくりゆっくり歩いてホテル到着する。血中酸素飽和度を測定すると84%に低下しており、この日は高度順応に専念した。しかし、下町を歩いていると、なんと犬に噛まれてしまった!そこはスラム街で、用心していた矢先に、飛び出してきた犬に腕をガブリ!必死で振りほどいたが、今度はお尻にガブリ!間もなく飼い主が取り押さえてくれて逃れたが、とても痛かったのに加えて、精神的ショックが大きかった。
旅にトラブルはつき物とはいえ、前途多難な旅の幕開けとなった。

今回の旅は、サンポーニャという南米の民族音楽フォルクローレで使う楽器の日本の第一人者、瀬木貴将さんと、チャランゴ(マンドリンをもっと小さくしたような楽器)奏者のドナート・エスピノーザさんに現地案内人になっていただき、夜は地元でも有名なフォルクローレのライブハウスに行き、本場のフォルクローレを堪能することができた。

瀬木貴将さんホームページ http://www2j.biglobe.ne.jp/~segi/

<2日目>

いよいよチャカルタヤに向けて出発する。ラパスの町を抜けて、どんどん標高を上げて行き、地平線の見える高原に出た。まさに地球の上にいるという実感が湧くような風景である。ところが目指すチャカルタヤ山の中腹、標高4,800mにさしかかった所で、路面に雪が現れ、車がスタックしてしまった。

チャカルタヤ山をバックに地球の上に立つ→

事前の情報では、この時期には珍しく降雪があったが、車は上がれるとの話しだったが、チェーンがなければどうにもならないという事で、残念ながら退却となった。

そして、インカ帝国以前の謎の遺跡「ティワナコ」に行った。ここには有名な「太陽の門」とか生贄の心臓を取り出すための手術台などがあり、小学生の頃、考古学者を夢見ていた私としては、非常に思い出深い場所であった。

<3日目>

チャカルタヤに再度チャレンジする。
今日は年代物のランクルに鎖のチェーンで挑んだ。11時頃に標高5,200mのレストハウスに着き、血中酸素飽和度を測定すると70%まで低下していたが、私は特に体調に問題を感じなかった。

チャカルタヤ山頂より滑降中、後方は和田プロ→

同行者の多くは頭痛、食欲不振、倦怠感を訴え、念のため持ちこんだボンベにて酸素吸入を行った。
ここで瀬木さんとドナートがミニコンサートを開いてくれ、「コンドルは飛んで行く」なんかを演奏されると、周囲の風景とすごくマッチし、しびれてしまった。
肝心のリフト(ロープ塔)が雪に埋まっており、掘りだし中だったので、頂上5,400mまで歩いて登ったが、そのしんどい事!ゆっくり歩いてもすぐ動悸が打ち、つくづく軽いファンスキーで良かったと思った。頂上からは周囲の6,000m峰と青い空のコントラストが素晴らしく、しばらく見とれていた。その後の1本もパウダースノーで、短い距離ながら世界最高所のスキー場で滑ったという実感を十分に味わう事ができた。

昼食はスパゲティを食べたが、沸点が低くいため茹で加減が悪く、ハッキリ言ってまずかったが、調子に乗って全部食べ、食後もう1本滑ろうという話しになった。
しかし中腹にて、急にお腹にきたのです・・・ もちろん木は1本も生えていないし、頂上からもレストハウスからも丸見えである。必死で岩陰を探し、そこまで走ったが、あやうく生き恥をさらすところであった。
そしてロープ塔が動き出し、乗りに行ったが、地獄を見る羽目となった。
そのロープ塔とは切れそうなワイヤーが回っているだけで、そのワイヤーに金具を引っ掛け、それにつかまって登るが、この金具がくせもの!うまく引っ掛けて、テンションをかけておかないとすぐ外れるのである。

またワイヤーの回転速度も不安定で、止まったり、あげくに逆回転するという代物だ。
ワイヤーの動力源は機械室に車が1台入っており、その車輪でワイヤーを回すという原始的なもので、結局すっかり体力を消耗しただけで、1本もまともに登ることはできなかった。

チャカルタヤ山頂にて、バックはワイナポトシ6200m→

<4日目>

この日は気分転換に一気に標高を下げ、熱帯の地・トリニダードに行った。
ここは東南アジアの雰囲気があり、バイクが走り回り、埃と喧騒でにぎやかで、昨日までと同じボリビア国内とは思えない変わり様であった。
アマゾン川上流のジャングルツアーに参加しようとしたが、ガイドに会えず、たまたま道を尋ねたおじさんにガイドを頼んだ。しかし乾季で水が少なく、ワニやイルカを見ることができたが、少々物足りないツアーだった。

<5日目>

この日は釣りツアーに参加した。
さぞかし大物が入れ食いのはず、と期待して行ったが、仕掛けがお粗末!針にテグスが結んであるだけで、餌を付けて手で投げるだけ。
アタリは多いが、なにせこの仕掛けではあわせられないので、アタリがあると岸からダッシュするということを繰り返し、2〜30cm程度のナマズを5匹ほど釣ることができた。同行者でピラニアを釣った人もいた。
昼食はBBQで、切ってきた竹に肉塊を突き刺し、焚き火で焼いたのが、その肉は釣りの餌の余りであった。いやに餌が沢山あるなとは思ったが昼食の材料だったのか・・うまかったから許すことにした。
あと、芋を茹でてくれたが、その水は川のにごった水であった。まあ沸騰すればOKだし、いい味が付いていたので良しとした。この国では少々の不潔には目をつぶらないと生きてゆけない。
あとは舟の上でハンモックに揺られながら、のんびり帰った。川で水浴する子ども達の楽しそうな顔が印象的であった。

<6日目>

チャカルタヤ最終日
この日はロープ塔は最初からあてにせず、スキーの裏に滑り止め(シール)を貼り、歩いて登り、結果的にはツアー一行の中では私が一番多く滑る事ができた。 しかしながら和田プロの滑りはすばらしく、雪庇(クオーターパイプ状)を使ってエアターンを繰り返し、冒険スキーヤーならではの自然の地形を利用した滑りに、さすが!という感じがした。

冒険スキーヤー・和田好正さんと
クラブの旗を掲げる→

もう少し滑りたかったが、雲行きが怪しく、落雷の危険性があり、早めに退散した。
夜はラパスの日本料理屋「New Tokyo」で打ち上げを行い、各自が反省、課題、印象等を語り合い、今回サポートしてくれた瀬木さん、ドナート、運転手のアンヘルに感謝してお開きとなった。

<帰国>

マイアミで一泊し、気流の関係で来た時以上に時間をかけて帰国した。
地球の裏側への冒険ツアー、ハプニング続出でも、まさに地球の上に立っているという実感が湧いたすばらしいツアーであり、「地球を滑る」というスキーを体験できたと思う。

<おまけ>

9月5日に福山美術館にてミュージアムコンサートがあり、そのゲストが瀬木さんという偶然があり、コンサート後の打上を我が家で行い、ピアノとドラムを加えて大いに盛り上がった。その縁で11月の「虹の会」にも出演していただき、福山ではなかなか聴けないフォルクローレを会員の皆様にも堪能していただけた。

→立山周辺山スキー日記

→シーカヤックツアー『知床エクスペディション』に参加して

▲TOPへ

HOME自己紹介私の公約後援会入会ゆうすけレポートイベント結果母・大田祥子写真館代表質問政務調査費リンクタクロバン

大田ゆうすけ後援会 事務所

〒720-0825 広島県福山市沖野上町2-15-32
TEL(084)932-7855 FAX(084)932-7858
Mail orion@urban.ne.jp

(C)2005-2009 Ota Yusuke office all rights reserved.